Brand History, Development of BLiZZARD

創業 スキー製造開始
1945年、トニー・アーンスタイナーが、オーストリアのミッターシルにある自身の工房で最初のスキー板を製造。それがブリザードの始まりです。それから約30年後の1973年、ブリザードを履いたハンス・ヒンターゼアとモニカ・カゼラー(共にAUT)がワールドカップの大回転で勝利し、ブリザードはトップブランドの仲間入りを果たします。
1980年代 大躍進への礎
1980-81シーズンに、マリーテレーズ・ナディク(SUI)がワールドカップの女子総合優勝を獲得したのを皮切りに、ブリザードはワールドカップ・シーンを席巻していきます。特にカイザー(皇帝)と呼ばれ、異次元のスピードでファンを魅了したフランツ・クラマー(AUT)や、ペーター・ミューラー(SUI)など、男子ダウンヒルを中心に高速系の種目においてブリザードは他を圧倒する強さを誇りました。
この素晴らしい戦績を支えたのが、6年の歳月と3億円近い費用を投じてブリザードが開発し、80年に発表した『Thermo(サーモ)』システムです。温度変化に対する伸縮率の異なる2種類の金属素材を組み合わせることで、雪温変化に応じてスキーのベンド形状を最適化させるという、この画期的で独創性の高いテクノロジーは、その後、カーボンやチタニウムなどの新素材と組み合わされることで進化を続け、ブリザード=高性能スキーの代名詞の礎を築いていきました。
1990年代 技術革新は続く
80年代後半からスキーメーカー各社では、滑走中のスキーに発生する振動吸収機能への取り組みが盛んになります。そうした中、ブリザードのR&Dチームは、「V20アブソーバー」、「V20フローター」という、振動吸収性のある素材を使用したプレートを装着したシステムを発表。90~92年に3年連続でワールドカップの女子総合優勝を達成し、92年のアルベールビルオリンピックでも2種目を制したペトラ・クロンベルガー(AUT)の活躍を支えました。
その後もブリザードによる技術革新は続きます。特殊な工具等を必要とせず、コイン一つでスキーの特性を三段階に切り替えられる機能(V30 FTA)や、後に搭載するモデルに合わせて様々なバリエーションが開発されることとなる、スキーのパワー伝達性や安定性を向上させる「シグマ」構造など、常にスキーマーケットに大きな影響を与えるテクノロジーを世に送り出してきました。
2006年 IQシステムの誕生
この年、ブリザードは再び革新的なテクノロジーを発表しました。スキーとビンディングを完全に同化させるというコンセプトで開発されたIQ=INTELLIGENT EQUIPMENTシステムです。この最先端技術により、ブリザードはスキーヤーのさらなる可能性を引き出しました。
また同年は、テクニカグループへの参入、ラインフリード・ヘルブスト(AUT)のワールドカップ初優勝やトリノ・オリンピックでの銀メダル獲得など、ブリザードにとっては非常に密度の濃い一年となりました。
2007年 進化するIQシステム
IQシステムがさらに進化。フリーライド用、ジュニア用のシステムが開発され、この年のラインナップ中7割強のモデルにIQシステムを搭載。すべてのカテゴリーでIQシステムの優位性を提供できるようになりました。
2008年 あくなきテクノロジーの追求
IQシステムに、優れたエッジグリップを実現させる「サイドウォール構造」と、そのふたつをより効果的にリンクさせる「パワーフレーム」テクノロジーをプラス。1つのスキーにおいて3つの最新技術を搭載した究極のスキーとして、注目を浴びました。
2009年 再び世界の頂点へ
センター幅80mm以上のスキー用のIQシステム「IQ-MAX」を発表。この結果、一部のモデルを除いたブリザードのほぼすべてのモデルでIQシステムを採用。
またヘルブスト選手がワールドカップのスラロームで種目別総合優勝を達成。レース・シーンにおいてもブリザードの優れた性能が証明されました。
2010 さらなるスキーの可能性に向けて
ブリザードのIQシステムはさらなる進化を続けます。ハイスピード化が進む現代のカービングスキーの特性に応えるべく「IQ POWERシステム」を新たに投入。
ブリザードは、今後もあらゆるカテゴリーにおいて、スキーとスキーヤーの無限の可能性を追求し続けます。
また日本のピステでは(財)全日本スキー連盟が認定する全日本ナショナルデモンストレーターに栗山大樹、渡部秀文両選手が選出されるなど、競技スキーと基礎スキーの最高峰でTEAM TECNICA&BLIZZARDは活躍しています。